スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

自分に自信が持てない人に試してみてほしいこと。

「人に言われた褒め言葉をノートに書いていって、定期的にそれを読み返す」


「自分の目指している目標から遠くて自信が持てない人」には、これまで自分が成し遂げてきた小さな成功をノートに残して見返すことをお勧めしますが、
「人に好かれてる自信がない、誰かの役に立っているか分からない」タイプの自信がない人には、冒頭のを試してみてほしいなと。

自分が周りにどう思われてるか、どんな部分が良いと思われてるか、自分じゃ分からないことが多いと思う。
特に自分に自信がない人は、「どうせ私は○○だから」「○○って思われて嫌われてそう」とか、勝手に自己解決して凹んでることがよくある気がします。
だれも嫌いだなんて言ってないってばw
例え「嫌だなぁ」って思う面があったとしても、その一面だけが嫌だと思うだけで、それよりも何倍も好きな面があるってばw

それでも、自信のない人は褒められても「どうせお世辞だろうな」「嫌味なのかもしれない」と思って、褒め言葉を受け止めないかもしれないけど、
とりあえずそういうのは一旦置いといて、全部書いてみる。「これは褒め言葉なのかな?」くらいでも書いておく。
言われて不快に感じた褒め言葉以外は、何も考えず書いてみてほしいです。
その時は「ホントかな?」って思っても、繰り返し見返すうちに「そうかもしれない!」って思える日が来るはずです。

私は特に自分に自信がない訳ではないですが(てかそういうことあんまり考えないかも)、そうやって書いておくことで、自分が知らない自分の一面を見ることができるし、
「私はこういうことを言われると嬉しいのか!」という新たな発見があるから、なかなか面白いです。
あと、ナルシスティックですが、単純に気持ちいいw
こういう面を周りの人が良く思ってくれてるんだ!って分かると、その面をもっと磨いていこうと思える。

自分に自信を付けるのって、筋トレと一緒で、一回ハードに筋トレしたところでいきなりマッチョになれる訳じゃないし。
自分の良さを何回も何回も反芻していくことで、少しずつ自信が持てるようになるんじゃないかなと思います。
これはこの方法に限ってのことではなく、考え方を変化させていこうと思ったら、「毎日少しずつ繰り返す」というのが大事じゃないかと。
そうやって続けて2年も経てば、「あの頃の自分は自信がなかったなぁ~」と懐かしく思える日がきっと来るさ!!


万人に効果があるか分からないですが、もしどうしても自信が持てない!って人は、騙されたと思ってやってみて下さい。
そして効果あったら教えてくださいm(_ _)m
スポンサーサイト

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

老けるのを、やめました。

「加齢は精神的価値を高めるものであり、決して肉体的価値を下げる為のものではない」

今日、健康と気分転換の為に近所を1時間くらい散歩してた時に思いついたフレーズです。


私は思考停止するのが嫌いなので、日頃なるべく先入観や固定観念を取っ払っていきたいと思っているのですが、
その中で意識していることは、「本当にどうしようもないこと以外は、どうしようもないことのせいにはしない」です。

例えば、最近私は胃腸の不調に悩まされているのですが、それに対して「このくらいの年になると身体の所々に不調が出てくるよねぇ」などと言われることがあります。
それは別に間違ってはないと思うし、フォローのつもりで言ってくれたんでしょうけど、そう言ってしまうと、身体の不調に対して「諦め」が生まれてしまう気がして。

また例えば、「不景気だから商品が売れない、就職できない、給料が上がらない」という考え方に対しても、
不景気だから売れない、お金がないことを「仕方ないこと」にしたところで、状況は何も変わらないし、嘆いていれば誰かが助けてくれるわけでもないじゃないですか。


そこで止まっちゃうと、責任転嫁しちゃうと、先に進めなくなる気がするんです。
先に進めないことを自分の中で言い訳しても、プラスにはならないと思う。現状維持はマイナスでしかない。

最初の例なら「最近私は、胃腸の不調に悩まされている」までが現実。これは通院しているので事実と分かる。
その現実を先入観なく受け止めた上で、「じゃあどうするか」を考える。
年齢のせいもあるかもしれないけど、それは「不調が出やすくなる→身体が弱っている→加齢のせい」という考え方から生まれるもので。
まず「年を取ると本当に身体が弱るのか?」ということに疑問を感じられる人間でありたい。
いくつになっても健康でいる人もいるし、年齢というより、その時その時の「自分の身体の声」に耳を傾け、その声に合わせて食事や健康法を変えている人だっていると思う。
だから、年齢が云々じゃなくて、まずは今現在の自分の生活が良くないからこういうことになってるんだ、というのが、最初に考えることのような気がします。


加齢の話に戻りますが。
まず「年齢」という「数字」に対して。これは、「どうしようもないこと」に当たると思います。
「生まれてから○年経った」という事実は、時間が進み続けている以上、どうすることもできない。
だから逆に言うと、私は自分の年齢に対しては悩まないです。年訊かれても隠さず普通に答えちゃう。だってどうしようもないことだもん。

そして「老ける」ことに対して。これは「どうしようもないこと」ではないと思う。
もちろん60才とか70才とかになったら「どうしようもないこと」にシフトしていく率は上がると思いますよ。遺伝子はすり減っていくから。
でも、たかが32才で「老けても仕方ない」と思うのは、まだまだ甘いんじゃないかと思ってます。
変に若作りするわけではなく、健康的な食生活と運動を続けて、いつまでも若く健康でいる人は40過ぎくらいならたっくさんいる。
自分が老けてるなら、それは単に「今の自分の身体に合った生活が出来てないから」だと思ってる。そんなのは自分の責任。

更に言うと、年を取ること…というより、長く生きていろんな経験を重ねることにより、人は精神的に成長していけるものだと思います。
ちょっと前にツイッターに書いたのですが、
「人間、引き出しや経験が多ければ多い程、キャパが広がって人に対して怒ったり嫌ったりが減る。
 いろんなことを知って、経験して、いろんな人と付き合う年の重ね方すると人間が丸くなるし、逆だとどんどん視野の狭くて怒りっぽい壮年期~になる」

自分のことで言うと、性格自体は20才くらいから本質的にはあんまり変わっていないです。
でも、経験を重ねたことで、いろんな立場で物を考えられるようになった。昔に比べて、考え方の違う他人に対して肯定的に受け止められるようになっていると思います。
手前味噌ですが、これは、自分が良い年の重ね方をしていると誇っていい部分だと思っているから、だからこそ自分の重ねてきた年齢という「数字」に対して、堂々としていられるのかもしれない。


いろいろ書いたけれど、結局言いたいのは「大抵のことは自分次第。どうにもならないことは気にしない」です。
「どうにもならないことなんて どうにでもなっていいこと」って、ブルーハーツの中の人も言ってたし。
どうにでも出来ることに意識を向けて、それに対する可能性をいつまでも追っていきたいです。


というわけで、これからは「加齢」はしても「老ける」ことはしませんよ!! と、言い聞かせる!!!

「身も心も、今の私が自分史上一番好き」っていうナルシスト魂を、いつまでも持ち続けられる生き方をしていこうと思います。

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

ゆとり世代に教わったこと。

「これだからゆとりは~」って、以前よりも言われなくなったのかな?
分からない、私の中にゆとり世代への先入観がなくなったから、そのキーワードが耳に引っかからなくなっただけかもしれないけど。


昨年度の一年間、私はデザイナーを目指す為に、広告美術の職業訓練校に通っていました。
今は「能力開発センター」と言うんですが、要は再就職を目指す人達、高校等を卒業して就職を目指す人達の職業訓練の為の学校です。
そういうジャンルの学校なので、クラスメイトの年齢層は幅広く、高校卒業~40代前半くらいまでの人がクラスメイトとして、共に訓練を受けていました。

私がいたクラスは、高校を卒業してここに入学した生徒がとても多く、クラス男子の半数以上が高卒世代か、それより少し上の世代の人達でした。
一番若い世代で私より13才年下。今年成人式を迎えた世代。訊いたら、ボキャブラ天国の存在を知らなかった世代。
それが何人も。果たして、彼らと同じクラスメイトとして一年間上手くやっていけるだろうかと不安になったりもしました。

結論から言うと、そんな心配自体が失礼な話だった。
しっかりしてますよ、今の若い子。

最初に彼らを見ていて思ったのが「女子っぽいな」ということでした。
私は女子校出身で、当時の男子高校生をリアルで知らないので、その表現が正しいのかはわからないですが、何て言うか、みんなで集まってキャッキャ騒いでいる姿を見て、そういうイメージが強かった。
「実際にはあんまり仲良くないんじゃないかなー」と見える仲間同士でも、とりあえず同じグループにいる感が、余計にそう感じさせました。

でも、だからというか、あんまり表立った揉め事が起きなかった気がする。
みんな、態度が良いんです。私のような歳が離れたオバちゃんにも礼儀正しく接してくれるし。
雑談話しかけたら相手してくれる。
でも、陰で何か言われているんだろうなー感は、一年間ずっと抜けなかったですがw

でも何だろう、平気で遅刻する、授業中歩き回る、課題やらない、注意されても「反抗」ではなく「のれんに腕押し」感、そういった辺りは、先生方も苦労したんじゃないかなと思いました。特に50代以降の先生は余計に。
まぁ、それも別に、若い子達だけに言える話ではなかったですけどね。私と同世代の人達も多かった。

…てか、高卒世代ならまだ、学生気分が抜けてないんだろうなーって思えるんですけど、
私と同世代の、社会人経験がある人達がそうなってしまうのは本当に理解できなかった。
明確な理由(子供がいる人もいたので)があるならともかく、何で平気で遅刻欠席課題提出遅れを繰り返せるんだろう。
「何でこういう浅はかな考え方しかできないんだろう」って人も、同世代だったし。

愚痴はこの辺で。

訓練は、個人で勉強するものと、グループで作業するものがあり、グループの時は皆で協力して進めなければいけない。
それも含め職業訓練ということで、社会人経験がある生徒、ない生徒が一緒に力を合わせ、目標達成を目指します。
その中でも特に「球技大会」と「学園祭」は、クラス全員が力を合わせて進めていく行事で、前者はレクリエーション的なものですが、後者は企業の人達も見に来る、私達の日頃の成果を見せる場であり、就職につながる大切な行事なんです。

その二つで、私は実行委員的な事をやりました。
学園祭なら、作業のグループ分けをしたり、コンセプトを考えたり、作業が始まったら、進捗状況を確認したり。
それらを進める上で最初にみんなの前に立って、意見出し、まとめをする必要があったのですが、
その時に感じたのは「あぁ、これは私が頑張らないと意見出てこないだろうなー」ということでした。
普通に「何か意見ありますかー」と言っても、多分手は上がらないだろうと。

なので私はまず最初に、謎のスピーチ?みたいな事を言って、場の空気を壊そうとしました。
球技大会の時は、先生は「楽しめればいい」って言っていたけど、あえて「絶対優勝しましょう!」と宣言。
学園祭の時は…何だったかな。とりあえず「何でもいいからみんなの好きな事言って下さい。AKBとか」みたいな形で進めた気がする。
それで、こっちから一方的にガンガン当ててしまうの。「○○君はどう?」って。相手の戸惑いは無視してw

それで、実際に強制指名してしまえば、結構みんな意見出してくれるんですよね。
球技大会のグループ分けの時なんかも、「○○君はバスケ上手そうに見えるけど、どう?」って振り方すると「やります」って言ってくれるし。

あと、それぞれのグループ毎にリーダーを決める必要があったのですが、それも私が勝手に決めました。
「若い世代に中心になってほしい」と思っていたので、その中からリーダー適性がありそうな人に、「じゃあ○○君お願いします」って。

そうして強制的に決めたリーダーですが、指名された人はみんな「はい」って言ってくれました。
それどころか、リーダーとして実に上手に進めてくれたんです。
会社で言えば、私が社長で、リーダーの人が部長みたいな関係だったけど、
私、本当に何もしなくて申し訳ないくらい、うまく回してくれました。むしろ下手に手を出さない方がいいと思ったw
自分たちの仲間がリーダーということで、他の若い世代の人達も協力的だったし。
トラブルが起きても、私が何かすることなく、彼らで上手く処理してくれました。
そして目標通り、球技大会は優勝しました!

長々と書いたのですが、私が若い世代と接して思ったことは、
「自分からは動かないけど、周りの人間が動く為の公明正大な名目を与えてあげれば、実に上手に動いてくれる」
ということでした。

「若い世代」とひとまとめにしてしまったけれど、彼らは実に個性的で才能豊かで。
リーダー気質がある人、芸術家肌の人、頭のいい人、思慮深い人、大人びている人、人心掌握が上手い人、etc…
授業で彼らが作る作品のセンスの良さにハッとさせられることも沢山ありました。

そういった個性を、「周りから飛び出さない態度の良さ」で覆い隠しているのが「ゆとり世代」なのかなと思いました。


ゆとり教育とは「態度の良さが評価される」教育だと聞いたことがあります。
「自分で考えて動く」というのが信条の私としては、自主性は当然のことなのだけど、
でももし、ゆとり教育が理由で「周りから飛び出さない」ことを良しとされて育ってきたのなら、
彼らに「自主性を」と求めるのはなかなか酷なことのような気がします。
だったら周りが、彼らの良さを引き出してあげればいいんじゃないかな。
動く名目さえ与えれば、彼らは素晴らしい活躍をする。
そして、自分たちの持つ力の素晴らしさを自覚していく中で、少しずつ自分で動く気持ちが育っていけば、
これからの日本を支える世代になるんじゃないかなという気がします。

彼らを見ているのは面白かったし、仲良くなりたかった。
ただ、私は元々の性格が気持ち悪い上、仕切る立場で結構口うるさいことも言っていたので、
彼らには「めんどくさいオバサン」と映っていたんだろうなと思います。
だって、規律が乱れがちなクラスの中で、せめて私くらい凛としてないと、担任の先生がかわいそうだったんだもん。
あと、自分自身の為でもありました。ゆるい空気に流されずにきちっとしてないと、社会復帰ができなくなりそうで。
陰で何言われてもいいから、私は自分の役割をまっとうすることを選びました。
実際どういう風に思われようが、訓練校という枠の範囲で問題なく物事を進められればいいわけで、
その為にも、多少距離がある関係でいた方がいいと思っていたし。
それでも時々ちょっかい掛けに行くめんどくさいオバサンを、適度に相手してくれる優しい彼らに感謝しながら、一年間過ごしました。


これは私が経験した範囲での話なので、全員に当てはまるわけではないと思う。
でも、この一年の経験があるので、私は今後、若い世代に対して先入観を持つことはないでしょう。
何か上から目線の内容で申し訳ないですが、彼らのこと尊敬してるんですよ。
ほんの一歩踏み込めば、素晴らしい可能性はいくらでも見つけられる。
それを気付かせてくれた彼らに感謝しています。

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

プロフィール

ちはる

Author:ちはる
素直でひたむき、ちょっと変態。
「表現」することが大好きです。
デザイナーはじめました。

プロ野球大好き(ベイスターズ 渡辺直人)
フィギュアを少々(町田樹 伊藤みどり)
ストレングスファインダー(指令性/責任感/原点思考/着想/収集心)
ミュージカル(レ・ミゼラブル one on one)
創作活動(プロ野球などの応援グッズetc)
歌 作詞作曲 読書 妄想

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。